がまの油売り(2012年版)

 サーサお立ち会い。ご用とお急ぎでない方は、聞いておいで見ておいで。
 遠目山越し笠の内、近寄らざればもののあやめりかたとんとあいわからぬのが道理。山寺に鐘ぇありといえども法師来たりて撞木を当てざれば、その鐘の音色はわからない。なにごとも聞かざるとき見ざる時、物のよしあし、利方とんとあい分らんのが道理だ。

 さぁさお立ち会いここに取り出したるこの棗(なつめ)、ただの棗ではないぞ中は一寸八分のカラクリ人形だ。人形師数ありといえど、京都にては守随(しずい)、大坂にては竹田縫之助、近江の大掾(だいじょう)藤原の朝臣(あそん)。手前持ち出したるは、摂津竹田が津守(つのかみ)細工、のんどに八枚背中に九枚の歯車を仕掛け、手足には十二枚のこはぜを仕掛ける。
この棗、ひとたび大道に据え置くときは、天の光と地の湿気を受け、陰陽合体いたし、棗の蓋パッと取るときは、ツカツカツカッと歩みますれば虎の小走り虎走り。後にさがればスズメの駒どり駒返し。孔雀(くじゃく)霊鳥の舞いだ。この人形は十と二通りの踊りの心得がある。
さてこのカラクリ人形が見事な舞を見せたからといって、投げ銭やひねり銭はご遠慮願うぞ。手前も天下の商人、大道に落ちた銭を小腰をかがめて拾い集めるようなみっともないマネはいたさぬぞ。しからば何をもって商いといたすか。

 それがこの陣中膏はがまの油だ。がまがまと申しますると皆様方はうちの台所や縁の下にも沢山おるとこう思う御仁がございましょうが、あれは蝦蟇ではないぞ、お引きがえる、玉がえる、あんなものに薬石の効がある訳がない。
しからばこの蝦蟇はどこにおるか。花のお江戸は西に離れること130里、江州は伊吹山の麓に乳母子(おんばこ)という薬草を食ろうて育っているのがこの四六七面相(しろくひつめんそう)の蝦蟇である。四六五六(しろくごろく)はどこで見分ける、前足の指が四本、後足の指が六本、これを称して四六は七面相の蝦蟇という、

『さあお嬢さん数えてごらん。前足の数は何本?』
『急にきかれても分んないよね。後足何本?ひいふうみいよういつむうな』

この蝦蟇を捕らえるには5月8月10月の満月の晩、木の根草の根踏み分けて奥山深く分け入って捕らえて参りましたのが伊吹山名物、五八十(ごはっそう)は四六の蝦蟇だ、

 さあてお立会い、蝦蟇の油の製法は、まず捕らえましたる蝦蟇をば、四面鏡を貼りつめましたる金網の中に追い込む。蝦蟇は鏡に映ったおのが姿に驚いて、背中より脂汗をたらーりたらーりと流す。この脂汗をば金網下に設けたる器に受けまして、京は加茂川のほとりに生えておりまする柳の小枝を集めまして、これを1尺2寸に切りそろえたものをば燃料と致し、三七は二十一日間とろーりとろーりと煮詰めまして、赤いのが辰砂、黄色いのがやし油、さらに南蛮国はオランダより取り寄せましたテレメンテーカはマイテーカをば調合いたし、練りに練って練り合わせて出来ましたのが、この陣中膏蝦蟇の油だ。
しからばなんに効くかと申しますると、蝦蟇の油の効能は、まず金創、切り傷、刀傷、鉄砲傷、ひす、がんがさ、ヨウバイソウ、今様にいうならば梅毒のことだが、そちらの色男、遊びに行ってもてるからといって喜んでばかりはおられんぞ。変な病気がうつると鼻が欠けて大切なヘノコが溶けてなくなる、今のうちに蝦蟇の油をつけて直しておきなさい。寒さに向かってひび、あかぎれ、しもやけ、春になってはひぜん、田虫、いんきん、後ろにまわれば、で痔、いぼ痔,脱肛、痔ろうの方、このような方はお尻の周りをきれいにして蝦蟇の油を一、二度塗れば、出血が止まって痛みが去る。

 蝦蟇の油の効能はまだあった。大の男が畳みの上を転がりまわって痛がるという虫歯、歯の痛みだ。このような方は小指の先ほどの蝦蟇の油を白紙に包んで痛い歯の上にそっと乗せ、軽く噛んでいただきますと、熱い油だれがだらだらだらと流れ、煙草一服する間の時間に、熱と痛みが流れさる。

 蝦蟇の油の効能はまだある、刃物の切れ味をとめる、こう言っても信用がないな。実際にお目にかけよう。とりいだしましたるは我が家に伝わる重大なる家宝、無銘ながら相州物、切れ味はたしか、抜けば玉ちる氷の刃、南蛮鉄でも真っ二つ、まず切れる、切れないは白紙を刻んでご覧にいれる。白紙というからにはただの白い紙。なんのしかけもない。まずこうやって一枚とやるとね、この頃のお客さんてのは頭が良い、計算が速い。私より先に一枚が二枚、二枚が四枚、四ん枚が八枚、八枚がにはちが十と六枚、十六枚が三十と二枚、三十と二枚が六十と四枚、六十と四枚が一百と二十八枚だと私より先に言うやつがおる。
これじゃ私の方は商売にならない。ただしあれは落語家が高座で見せる芸、大道ではそんな切り方はしていなかった。ではどうやって切っておったか。
まず一枚切る時は人間の皮膚一寸切れる。
二枚切る時には肉まで切れる。
四枚切る時には骨まで切れる。
八枚切る時には腕一本切り落とすことができる、十六枚切る時は人間の胴体真っ二つ、ひとつ胴だ。
吹き上げますれば嵐山は落花の舞、比良の暮雪は雪降りの景。(拍手)

 雪が少ない?今年は日本海側でたくさん降ったので、こちらの方は雪が少ないんだよね。あまり細かく切ると掃除するのが大変。このくらいが丁度いい。まずこのように切れる刀に蝦蟇の油を一塗りする。まずは切っ先から鍔元まで、さし表、さし裏、蝦蟇の油一塗りした。さあ切れない。叩いて切れない。引いて切れない。押して切れない。叩いて引いてしごいても切れない。お客さんの中には「なんだお前握った指先に力が入っていないのではないか」とお疑いの方がいらっしゃる。
それではこうしよう。てぬぐいで固く結ぶ。私が結んだんじゃ信用がならない。こちらの力の余っている旦那さん、力いっぱい結んでください。
「色男金と力はなかりけり」だって?もっと力いれて。
『そらっ』。
なにもそう言ったって、力いっぱい縛ることないでしょう。正直な方でございます。

さあこれを引き抜く。
『それっ、これ、どっこいしょ!』抜けないよ。
本当に結ぶんだもん。さあ困った。困った時はどうする。
こうする。『よいしょ!』さあ抜けた。
手ぬぐいを取る。5本の指がばらばらと落ちる。落ちた指を蝦蟇の油をつけて元通りくっつける。そんな馬鹿なこと出来るわけないわな。
まあ手ぬぐいをとる。はいこの通り。傷跡ひとつついておらん。(拍手)

 お立会いの中には「なんだお前のところの薬は刃物の切れ味を止める薬か、あるいは名刀をなまくらにする薬だろう」とおっしゃる方がいる。そんなことはないぞ。蝦蟇の油の効能は血止めだ。皆様方ご家庭において子供さんが庭先や往来で滑って転んですりむいて血が出た、あるいは子供さん同士が喧嘩をして棒でなぐられて額から血が流れた、あるいはお母さん方お勝手で包丁の取り扱いを誤って、指先を切った、こんな時なかなか血が止まらないで困った経験をお持ちの方が多いと思いますが、この蝦蟇の油ひと貝ありますれば、もうご安心、傷口に一塗りいたしますれば、流れる血潮がぴたりと止まるという、このようなこと如何に口上で申し上げましても納得いかないのが人情、これより我が二の腕切って流れる血潮ぴたりと止めてご覧に入れる。

 さあ切るぞ。このあいだ見ている人が「おまえ二の腕というのは肘から上肩から下、ここが二の腕だと」。今の若いやつは知らんからここを二の腕と盛んにここを切るとしている。ここは血管が細い。切ってもたいして血が出ない。おまえそれでは内側を切ってみろ。内側は大変だよ。血管が太い。切り損なうと血が止まらなくなる。だけど今日は内側を切ってご覧に入れる。
さあ切るぞ良いか! ちょっと前には目の前で子どもさんがお母さんに「あれはね、鍔のところに紅が塗ってあるんだって」などと言っていたが、良くご覧なさい、そんな仕掛けはどこにもない。
さあ切るぞ。いいか! こっちは痛いというのにみんな涼しい顔してるね。この前はべっぴんのおねえさんが「兄さんそういう痛いことせずに、あたしとあっち行って一杯やろうよ」なんて言ってくれたもんだが。
さあ切るぞ。いいか! こうやって昔はなかなか切らない。小半時というからだいたい1時間くらいは切らない。なぜ切らないかというと体勢が悪い。こんな遠く離れているところで、はい、切った、血が出た。蝦蟇の油一塗りした。血が止まった。痛みが去った。というとお客がさーとみんないなくなっちゃう。みんな行かれてしまっては私の方は商売にならない。そのためにはお疑いのある方はずっとこちらまでいらっしゃい。こちらまでいらっしゃい。なるべく近くに寄せ付けて2重3重人垣を作らせて、動けないようにしておいて、おもむろに切る。今日のお客さんは逃げる心配が無いので早めに切ることにいたします。

さあ切るぞ! って切れるわけがない、がまの油が塗ってある。ではがまの油拭き取る。さあ蝦蟇の油拭き去りました。さあ腕を切ってご覧にいれる。さあ切るぞいいか!

『やあーー!』切れたー。このとおり切れて血が吹き出ている。だが慌てることはない驚くことはない。落ち着いて蝦蟇の油一塗りする。さあ、蝦蟇の油一塗りして上を柔らかい布で覆う。10数えているうちに血がぴたりと止まるという。さあ数えていただきましょう。『ひとおつ。ふたつ。みっつ。四つ。五つ。六つ。七つ。八つ。九つ。十。』さあそれでは手ぬぐいを取ってみましょう。

 どうだこの通り傷跡一つ残らない、血止めの妙薬蝦蟇の油、皆様ご家庭の常備薬として是非お供えいただきたいと、はるばる江州から取り揃えた品物にございますれば、彼の地にては大貝十二文、小貝八文をもってお分けしておりまするが、本日はご当地初の出張ってのお披露目、大貝小貝あわせまして十二文でお分けすることにいたします。ただし旅先にて数がござらん。お早い方10名だけお早い方10名だけ、後になって欲しいと申されましても絶対この値段でお手に入る品物ではございません。はいはいはいはいありがとうございます。ありがとうございます。  

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残った客「おい、それでからくり人形はどうした」
香具師「この中に入っておる。開けて進ぜようか? ただし、この人形は天の光、地の湿気を帯びて陰陽合体いたして初めて命を吹きこまるるものにて、このような宵の口のビルの一室では舞いはせぬぞ」
客「かまわん、見せてみろ」

-香具師は仕方なさそうに棗を客に手渡す。客が蓋を開けようと手をかけたところで、

香具師「おおぉ、大変なことを思い出した。この人形は元々さる名家に古くから伝わる雛人形七段飾りの随臣を、無理矢理に引き剥がしてからくり人形に仕立て直したものにて、まさに本日弥生の3月3日に棗の蓋を開けて見た者には、虎の姿となって襲いかかり末代までたたると言うが、それでもお開けなさるか。そうか、それではそれがしは目を逸らしておる故、ご自分でお開けなされい。」

-客がおそるおそる棗の蓋を開けると、ライオンの人形が入っている。
香具師「おおぉ、虎がライオンに豹変しているー、おなじみの『怪談 ひな祭からくり人形』の一席でございました」

(脚色 日本科学研究機構 竹取研究所)